考える農家のための、考えるIoT
enveddedとは
2026年7月13日、fireflake(東京都江東区、代表・小林一晴氏)が、農業現場改善プラットフォーム「envedded(エンベデッド)」の提供開始を発表しました。
enveddedは、①ハンダ付けなしで計測制御等のためのIoTデバイス基板を自作できる「Pico Crust Board」、②デバイスからのデータや作業者の記録やメモを集約する「envedded Cloud」によって成立しており、また③これを使いこなすための「envedded DIYガイド」が付属しています。
今回はリリースを記念して行われた豪華対談について、お伝えします。
幸福な対談の実現
6月のある日、目黒区の根岸ぶどう園にて、本格的なAI時代が到来した営農管理の未来について語られました。
参加したのは、enveddedを開発したfireflakeの小林一晴さん、実際に同システムを活用してきた園主の根岸幸司さん、そしてシステムエンジニアを経て400年以上続く調布の農家を承継し、農薬散布などの課題解決のために農作業管理システム「Agrihubアグリハブ」および「Agrihubクラウド」を開発した株式会社Agrihubの伊藤彰一さんです。
全国農業協同組合連合会の参事としてJAアクセラレーターの審査員等をつとめてこられ、現在はTOKYO FMの『あぐりずむ』などの番組に関与されている落合成年さん、今回『東京農業全書』を企画する田村弘明さん、そして食農弁護士の私も同席させていただきました。

「パターン」の終焉 人知を超えてくる農業現場の課題
「3年前くらいから、今までのやり方がうまくいかなくなってきた」と振り返る根岸さん。
ぶどうの日焼けは、以前なら少なくとも梅雨が明けてから出るものでしたが、2025年は6月中旬から一気に発生し、対策を取れずに被害を受けた農家も多かったといいます。そうした環境の変化に直面する中で、根岸さんはIoTシステムを利用するメリットを次のように語ります。

気候変動に伴う環境の変化や品種改良、病虫害への対処など、これまで農家が経験値で対応してきた実績が通用しない変化が生じてきています。積算温度など単一の指標であれば追うことができますが、複合的な要因が絡み合っている場合、どのように対応すべきかの検証は困難です。冷夏や暖冬といったパターンから過去の事例を探ることができた時代とは変わってきています。
小林さんは、AI活用時には、パターン化された「勝ち筋」の踏襲と、試行錯誤が必要な領域とを意識して使い分けることが重要であり、現代は試行錯誤の比重が否応なく増していく時期にあると述べます。
AIの特性について質問する落合さんに対して、
「人間が同時に扱えるパラメータは、せいぜい3個が限界。でもAIなら10個でも20個でも考え抜くことができます」と語るのは伊藤さん。
データを集めて分析し、仮説を立てて実証するのが従来のアプローチですが、瞬時に相関を算出できるAIは、人間の思い込みにとらわれずに動かすべき変数を提示することができます。
根岸さんは現在、日照、風力、温度、湿度に加え、土壌の水分保持力(水分張力)を表す「pF値」を測定するテンションメーターを導入し、ミストやファンの稼働を含めた細かな制御を実施されているとのこと。
根岸さんご自身は、小林さんや伊藤さんのようなエンジニアとは異なり、プログラミングの知識はありませんが、AIを用いることにより、主に安価な市販品のみで、以前なら多額の設備投資が必要だった自動環境制御を実現しています。

アグリテックとユーザー層問題の壁
ここまでお読みになって、生産者の中には「俺はそれくらいはもう普通にやっている」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。栽培という行為の魅力は仮説と検証のヨロコビにあり、AI好きな農業者は決して少なくありません。伊藤さんによると、「デバイスを接続し、Codexの/goalコマンド(完了条件を満たすまで作業と検証を自動で繰り返し続けるコマンド)で、そこそこの結果まで出しちゃう」強者までいるのだとか。
個々人の環境やITリテラシー、事業規模に応じた高度な自作システムは、営農管理のみならず、出荷作業や加工も含めて数多く存在します。しかし、アグリテックベンチャーとして事業計画を立てる際、一定以上の規模を持つ経営体向けの製品を企画しようとすると、対象となる顧客数が限られてしまいます。そのため、単価の高い産業機械レベルのものを除けば、どうしても母数の多いライトユーザーを狙ったエントリーモデル製品を企画することになりがちです。LINEで質問するとAIがマニュアルや作業日誌を参照して答えてくれるようなツールなども、かなり増えていますよね。
しかし、「リテラシーは一定以上あるものの、中小規模の経営を行っている農業者向けのツール」は、空白地帯になりがちなのです。
「かっちりした工業用レベルには達しなくても、その手前のレベルまで」、高度な自作システムを作るのが好きで好きでたまらない人以外でも到達できる製品を作りたい――それが小林さんのenvedded開発に向けた想いです。
AI時代だから実現できるブレイクスルーへ
「fireflakeのツールをより多くの人が使えるようにするには、どんな人でもツールに『脳みそ』を与えられるような別のソフトウェアなど、何かが必要なのではないか」と伊藤さんは語ります。

独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)の農薬データを参照した適正な農薬散布を実現しつつ、多くの人が利用できるよう口コミでの拡大や有償事業の収益などを活用し、無償で「アグリハブ」を提供して今や5万人以上の登録者を支えている伊藤さん。そこには伊藤さんらしい視野の広さを感じます。
これに対して小林さんが考えているのは、envedded DIYガイドやenvedded活用のためのサンプルプログラムといった膨大なコンテンツの提供です。 これまでは「マニュアルが分厚い製品」を一般的なユーザーが使いこなすのは困難でしたが、これからの時代はマニュアルを読むのもAIの役割になります。
センサーや制御の基礎知識から、現場での活用のポイント、そのまま使えるプログラムの部品(ライブラリ)、そしてAIを「あなた専属の相談相手」にしてデータ活用を進めるノウハウまで、このDIYガイドの中に含まれています。
ユーザーは「何をしたいか」をAIに伝えるだけで、ステップ・バイ・ステップでプログラムなどを組み立てていけます。この場合のAIが、ツールに内蔵される自社開発AIなのか、ChatGPTやClaudeなどの汎用AIであるべきなのかは、性能とコストの観点などから悩ましい部分もありますが、いずれにせよ革命が起きていくことは間違いありません。
高度な自作層とライト層の間をAIが一気に埋め、実現したい目標を具体化していけば、ITスキルを問うことなく限界突破が可能になります。高みを目指す人は、より深く目標設定に注力することができます。
AIが変えるのは、こうしたテック製品全般の質とターゲットなのです。小林さんの構想は、伊藤さんのような発想力とのシナジーで、より豊かで使いやすいものになっていくに違いありません。今日はその運命の扉が開く瞬間を目撃してしまったかも……。
栽培ハウス内でWi-Fiを減衰させない方法や有線活用の工夫など、農業者と技術者がともにある空間だからこそ飛び交う談義を聞きながら、私はひたすらときめいていたのでした。
スマート農業は、真の”smart”へ
enveddedリリースの奇しくも翌日、農林水産省から「農林水産研究イノベーション戦略2026」が公表され、スマート農業技術の開発促進方針が示されました。そこには、フィジカルAIを含め、中山間地から大規模農業までの課題解決が謳われています。ただ、小林さんは「実は『スマート農業』という言葉があまり好きではなくて」と語ります。
農水省はスマート農業を「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」と定義しており、一般的には2012年頃から使われ始め、農機の自動走行技術が発展し始めた2018年以降に利用が増えた言葉です。確かにこれまでは「自動化や機械化」を表す要素が強かったように感じます。
「土壌を作り、品種を選定し、栽培技術を検証し、経営ノウハウを磨き、農業者が全力を傾けて思考している姿を見てきた立場として、その『知性(intelligence)』を支えてこそ、はじめて『smart』を名乗りたいと思うんです」――そう語る小林さんのenveddedが、一人でも多くの生産者に届くことを心から願っています。

出典
- fireflake プレスリリース「AI時代の現場改善プラットフォーム『envedded』を提供開始」(2026年7月13日)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000186404.html
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- envedded サービスサイト https://envedded.net/
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- fireflake https://fireflake.jp/
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- AGRIHUB https://www.agrihub-solution.com/
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- 根岸ぶどう園 https://fruitsfarm-negishi.com/
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この記事を書いた人:

食べるTOKYO編集部 ライター
食農弁護士
1977年生まれ。神奈川県川崎市出身。
大手法律事務所で弁護士として企業買収、企業法務に従事後、証券会社での勤務で地方創生、海外投資、ベンチャー投資等に深く関与。
その後、2014年から2022年まで農林中央金庫に在籍し、食産業及び農業に関する投資、国内外企業買収、各種リサーチや支援業務に携わる。
自他ともに認める食オタクであり、法務知識のみならず農林水産部門に関する知見を用いて、ベンチャー企業含む事業者や生産者の各種相談対応、新規事業創出支援、資金調達や事業承継支援を行う傍ら、料理で人を繋ぐことで課題解決への貢献を目指している。
