高層ビルと色鮮やかなネオンがひしめく港区・赤坂見附 。
駅から歩いてわずか3分の場所に、そのビルは佇んでいます 。
ビルの名前は、「東京農村」
この都心の真ん中にあるビルで、2018年7月から毎月のように、リアルに続けられてきた勉強会があります 。それが「東京農サロン」です 。
2026年6月、この試みは8周年、そして通算90回目の開催という節目を迎えました 。
ネット上のコミュニティが乱立し、あるいは消えていくなかで、リアルな勉強会を8年間、90回にわたり毎月継続させることは、決して容易なことではありません 。なぜ、これほど長く続いてきたのか。
共同主催者として現場に伴走してきた私(㈱農天気 小野)の視点から、このコミュニティが持続してきた理由を、いくつかの物語とともに紐解いてみたいと思います 。

農地を失った農家が、赤坂に「農村」を建てた
コミュニティが続くための最大の土台は、何よりも「拠点」があることです。
「東京農村」ビルのオーナーは、国分寺市でイチゴや伝統の「東京うど」などを生産する現役の農家・中村克之さんです 。数年前、地域の道路開発によって、中村家が先祖代々守ってきた農地の約半分が失われることになりました 。

農業の縮小を余儀なくされる局面で、中村さんが選んだ代替地が、あろうことか「赤坂見附」の土地だったのです 。「東京都心に、農村のような農業者のコミュニティを作る」
都市農業の価値を減少させるのではなく、都心から能動的に発信していく拠点とする。その目的のもと、2018年に1階から3階に飲食店、4階にシェアオフィス、5階にシェアキッチンを備えた自社ビルが建てられました 。この「場(ハード)」が赤坂に厳然として存在し続けたことが、サロンが揺るがずに続いた第一の理由です 。
専門家たちの「役割の分担」が、仕組みを継続させる
一人の農家の目的を、都市の真ん中で機能させ続けるためには、仕組みを支える専門家たちの存在が必要でした 。
まず、ビル全体のトータルプロデュースを担ったのが、東京産農産物の流通・販売を手掛ける株式会社エマリコくにたち代表の菱沼勇介さんです 。菱沼さんは、各階のテナント構成や、東京産の野菜を活用したビジネスモデルを設計し、ビルが経済的にも持続する基盤を築きました 。
東京農村ビル 公式サイト: http://tokyo-noson.com/(新しいタブで開きます)
そして、このハードに命を吹き込んだのが、一般社団法人M・U・R・A代表で農業デザイナーの南部良太さんです 。南部さんは東京農村のブランドロゴやビジュアルをデザインするとともに、4階のシェアオフィスや5階のシェアキッチンの運営を担い、食農関係者が日常的に交われる仕組みを作りました 。
中村さんの場、菱沼さんのビジネス設計、南部さんのデザインと運営 。これらが機能し、私たち主催・ファシリテーター陣が連携することで、コロナ禍含めほぼ毎月開催するというオフラインの勉強会「東京農サロン」は8年間続けることができました 。

メディアには出ない「本音の数字」が、人を惹きつけ続ける
対面にこだわってきたのには訳があります。
東京農サロンには、毎回2名ほどのゲストを招き、これまでにトータルで150名以上の東京農業関係者が登壇してきました 。その多くは現役の農業経営者です 。
ここで行われてきたのは、一般的なメディアが取り上げるような「頑張っている農家は尊い」といったストーリーではなく、関係者同士だからこそ共有できる「生々しい一次情報」です 。
- リアルな経営数字: 露地野菜や施設栽培、観光・体験農園が実際にどのような労働環境や収支で成り立っているのかの共有 。
- 具体的な生存戦略: 栽培技術や作業工程の「見える化」による生産性向上、行政の制度設計や業界の慣習の実際とホンネ、そしてそれを逆手に取った生存戦略など。
都市の限られた農地で生き残るために、
各農家や小規模事業者が絶え間なく行っているリアルなケーススタディが、ここにはどこよりも蓄積されています 。この情報の濃さこそが、サロンの強力な引き力となってきました 。

26の自治体を巡っても尽きない「東京農業の多様さ」
4年前からは、隔月で特定の自治体にフォーカスを当てる「東京農サロンNEO」をスタートし、私がテーマ設定と司会進行を担当してきました 。これまで取り上げてきた自治体の数は、実に26にのぼります 。
90回を重ねてもなおテーマが尽きないのは、世界的な大都市でありながら、東京の農業が信じられないほどの多様性を持っているからです 。
- 東京23区農業のリアル:
実は23区のうち11区には今も江戸期以前から続く農地が残されており、その子孫が農業を継続しています 。駒沢公園の近くで稀少フルーツを栽培する目黒区の農家、料庭向けの足立区のツマモノ栽培、江戸川区の小松菜農家などを深掘りしてきました 。 - 多摩・山間地域のリアル:
日野市における生産緑地での新規就農や 、武蔵村山市の「多摩開墾」56ヘクタールに及ぶ米軍横田基地隣接地での農業 。さらに、徳川将軍献上の歴史を持つ奥多摩のわさびや檜原村のコンニャク芋など 、地域独自の地理的・歴史的背景を持つ現場に焦点を当ててきました 。
「毎回新しい発見がある」という東京農業そのものの奥深さが、コミュニティが形骸化するのを防いできたと言えます 。

官民学の垣根が溶ける、本音のサードプレイス
最後に、このサロンが長く続いたのは、ここが一種の「シェルター(本音を言える場)」だったからです。
赤坂という立地もあり、参加者には農家だけでなく、食農関係の事業者、研究者、メディア関係者に加え、農林水産省、東京都、JAの職員らも、あえて「個人の立場」で多数参加しています 。
行政の公設の会議の場などでは交わしにくい、制度運用や生産緑地、相続といった専門性の高いテーマについて、お酒を交えながらフラットな情報交換や意見交換が行われています 。この官民の垣根を超えたインフラとしての機能が、サロンの持続性をより確かなものにしました 。

都市農業の「次の一手」をデザインする:6,090haの可能性
後継者不足や相続、生産緑地法を巡る課題、そしてコロナ禍といった数々の荒波を、東京の農家たちはそれぞれの生存戦略と経営努力によって、しなやかに乗り越えてきました 。
実は、東京に残る農地面積の合計は約6,090haにのぼります。これは大田区や世田谷区の全面積に匹敵するサイズです。この広大な農地を単なる野菜の「生産」の場としてだけでなく、教育や体験、観光 、さらには企業の人材育成や研修、メンタルヘルスの場などとして多面的に活用していく。そうすれば、東京は世界の中でも突出した環境を持ったメガシティとして認知されるはずです。
まさにそのための「東京農村」であり、このビルには、都市の農地を活かすための知られざる知見やネットワークが集まっています 。

これまでに蓄積された現場のリアルな知見と強固なネットワークを基盤に、株式会社農天気はこれからも東京農業の未来に向けた「次の一手」を深くデザインしていきます 。91回目からの展開にも、ぜひご期待ください。
この記事を書いた人:

食べるTOKYO編集部 ライター
㈱農天気 代表取締役農夫
神奈川県出身 大学時代は探検部
「しゃべり場」「所さんの目がテン」などTVディレクターから30歳で農業に転職
居酒屋向けの有機野菜生産、年における体験型農園などを運営
2014年 ㈱農天気 設立
2016年 NPOくにたち農園の会 設立
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)など
NHK「菜園ライフ」実演・監修
