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東京農業全書│民(たみ)の巻【人・暮らし】

「食育基本法」20年ぶりの改正で職場での「大人の食育」がはじまる

小野淳 小野淳

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最終更新日:

食料安全保障を視野に「大人の食育」が明記

2026年5月、「改正食育基本法」が成立しました。今回の法改正における最大の変化は、これまでの学校や家庭を中心とした食育から対象を広げ、「成人」や「職場」を明記したことです。さらに、農業体験などを通じて、食料の「合理的な価格(適正な価格)」に対する理解を醸成することも盛り込まれました。

この法改正の背景を理解するには、2005年に最初の「食育基本法」が制定された当時との社会情勢の対比が必要です。

2005年当時は、BSE問題や産地偽装といった食の安全を揺るがす事件が多発し、同時に食料自給率の低下に対する危機感から自給率向上運動が始まった時代でした。当時の食育は、国民の健康増進と食へのリテラシーを高める学校教育としての側面が強かったといえます。

これまで「食育」と言えば子ども中心。私自身も10年間その最前線で「農と子育て」をキーワードとしてきた

これに対して今回の改正は、深刻化する食料安全保障のリスク、孤食の増加、生活困窮、気候変動による生産不安定化、正式に法制化されたフードロス削減など、昨今の食を巡るよりシビアな状況を反映しています。つまり、現代の食育は単なる健康づくりの次元を超え、国家と社会の持続可能性を維持するために再定義された実態があります。

「法律が変わったからといって、社会が本当に動くのだろうか」という疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし、過去の事例を振り返ると、この法改正が持つ長期的なインパクトは見過ごせません。

2005年の食育基本法が、農業の新プレイヤー達を生んだ

2005年の法制定時にも、のちに大きな変化が起きました。

当時、子どもとして食育に触れた世代が大学生になった2015年ごろ、大学において食農関係のサークルが数多く生まれ、全国組織化へと進みました。当時そのサークルで活動していたメンバーたちとよく交流していましたが、その後、彼らの中から農業や食ビジネスの領域で、実業家として最前線で活躍するプレイヤーが実際に現れています。

2017年当時の農業系学生団体MAP(森田慧さん作成)

国家が法律として「食育」を位置付けた影響は、10年という時間を経て、人材をこの業界に呼び込む呼び水となりました。今回の「大人の食育」への改正も、10年後の消費行動やビジネスシーンを変える可能性を秘めています

国民運動を「フック」に、その先にある深い食育へ繋げる

では、効率や生産性を重視する現代のビジネスパーソンたちを、どのようにして食や農の世界に巻き込んでいけばいいのでしょうか。

今年の初頭、JAグループの雑誌『地上』(2026年1月号)の特別企画「大人の食農教育」において、インタビュー記事を取り上げていただきました。その際にもお話ししたのですが、時間を惜しんで働く会社員にとって、単に知識を得るための農業体験はハードルが高く映ってしまいます。

昭和22年、戦後の食料困難期に創刊の農業雑誌『地上』。JAグループの若手リーダーがメインターゲット

企業向けのプレゼンテーションや組織開発において、チーム対抗のゲーム性や競争といった要素を導入することは、組織交流を活性化させ、人を畑に呼び込むための「フック」として非常に有効です。まずは楽しむこと、足を運ぶ動機を作ることが、タイパ至上主義の大人を動かすためには欠かせません。

ただし、そこで終わってしまっては本当の食育にはなりません。重要なのは、ある種の義務感やレクリエーション、レジャーを入り口にしながらも、本来伝えるべき「幅広く、深い」領域へと参加者を誘うことです。

それは例えば、1000年続く田園風景や、江戸時代から維持されている農業用水の灌漑システム、そして天候に左右されながら進む食料生産のプロセスそのものです。目先の効率主義から一歩離れ、遠い未来に価値を届ける長期的な時間軸に触れること。これこそが、現代の大人に必要な「農体験」の本質です。私たちがコミュニティ農園「くにたちはたけんぼ」(新しいタブで開きます)で10年以上続けている婚活などの試みも、こうした非日常の時間軸を共有する場として機能しています。

リスキリングとしての農体験と、地域農業の新たな担い手

さらに、都市部で働くサラリーマンにとって、この農体験は極めて現実的な課題と地続きになっています。現代のビジネスパーソンの中には、地方にある実家の農地承継問題を抱えている人が少なくありません

彼らにとって、土に触れ、農業の仕組みを学ぶことは、自らのセカンドキャリアを考える「リスキリング」の機会となります。定年後、あるいはキャリアの途中で、実家の農地を自ら、あるいはコミュニティの力で維持していくノウハウを身につけることは、地方の無秩序な宅地化(スプロール化)を防ぎ、地域の国土を守るという社会的意義にも直結します。

田植え体験はもはや希少なアクティビティとなってしまった

私たちが現在推進している「やぼたん(谷保の田んぼ)PJ」(新しいタブで開きます)では、まさにこの視点からターゲットを親子から大人、あるいは地域全体へと拡大しています。大人たちが自ら泥にまみれて東京・国立の歴史ある水田を維持していく。この当事者意識を持ってもらうことこそが、改正食育基本法が目指すべき「大人の食育」の具体的な形であると考えています。

畑や水田で実際に汗を流してみれば、スーパーに並ぶ野菜やお米がどれほどの技術とノウハウの集積で作られているかが分かります。そうなって初めて、「安さこそ正義」という消費マインドから脱却し、日本の農業を支える「合理的な価格」を自然と受け入れ、応援できるようになります。

雑誌『地上』にて、2年間にわたる連載がスタート

国が「大人の食育」や「農業体験」の重要性を叫ぶ一方で、受け皿となる農家や農業団体、行政には、大人を主体的に巻き込むコミュニティの運営ノウハウが不足しているのが現状です。最新の農林業センサスの結果を見ても、経営体の大規模化が進むなか、中小規模農家や中山間地域農業における生き残り策は切実であり、ファンコミュニティ(関係人口やCSA)の構築が課題となっています。

そこで、私がこれまで培ってきたノウハウをベースに、これからの時代に必要な農業経営のあり方を提示する連載がスタートしています。

6月1日発売の雑誌『地上』7月号より、計24回にわたり、『シン・農業経営論 野菜を売らない農業』と題した連載をお届けします。(新しいタブで開きます)

第1回のテーマは、「作れば売れるは幻想だ」です。

各回、「本文(都市モデルの理論)」+「コラム(地方・中山間地への応用)」の2層構造で、収益性・公益性・持続性を成立させる「コミュニティ農園」の運営手法を紹介していきます。
雑誌「地上」が創刊されたのは1947年(昭和22年)戦後すぐの食糧難の時期に農業後継者たちに向けてつくられた歴史ある雑誌です。時はまさに人口大量減で農業も転換期にあるなかで新たな視点が求められます。

入り口としての楽しさ(エンタメ)と、その先にある経営や社会課題という深い本質。今回の法改正を現場のチャンスに変え、100年、1000年先を見据えた持続可能な農業の形を作るための手法を、この連載を通じて提示してまいります。

この記事を書いた人:

小野淳

食べるTOKYO編集部 ライター

小野淳

㈱農天気 代表取締役農夫
神奈川県出身 大学時代は探検部
「しゃべり場」「所さんの目がテン」などTVディレクターから30歳で農業に転職
居酒屋向けの有機野菜生産、年における体験型農園などを運営
2014年 ㈱農天気 設立
2016年 NPOくにたち農園の会 設立
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)など
NHK「菜園ライフ」実演・監修

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